志村けんさんの死から考えること(前半)

先日タレントの志村けんさんが亡くなりました。バカ殿様はもちろん、私はカトちゃんケンちゃんの頃からずっと観ていたので、今後も当たり前のようにテレビで観ることができると勝手に思い込んでいた方の死に、まだいまいち実感がわかないでいます。
ましてや、加藤さんより志村さんの方が先に亡くなるとは、思いもよりませんでした。志村さんが元気に毎週テレビに出ていたのと対照的に、ごくたまにテレビで見かける加藤さんは、いかにも弱々しいおじいちゃんだなぁという印象でしたので。

今回の志村さんの死で、改めて考えさせられたことがあります。それは新型コロナウイルスはもう既に、私たちの生活に入り込んでしまっているかもしれないということです。
新型コロナウイルス流行の当初は、「37.5℃以上の発熱が4日以上続いたらセンターへ相談」というフレーズがとにかく印象的でした。そのため、高熱が出たらどうしよう、そしてもしそれが続いたらどうしよう、という強迫観念にかられていました。逆に言えば、自分が平熱であることを日々確認して、毎日を変わらずに過ごせていることにホッとしていたのも事実です。
でも決してそうではないのですよね。無症状でも、ひょっとしたら自分は感染しているかもしれない。無症状かつ自分は決して感染もしていない、自信を持ってそうは言い切れないのです。
前々から、お年寄りや持病のある方にうつしたら大変なことになると、政府や色々な方々が警鐘を鳴らしてきました。もちろん私も、不要不急の外出を控え、感染予防上リスクのある行動は控えてきたつもりです。それでも、今現在は無症状の自分が発症していないだけで感染しているかもしれない、という危機感を持った上で、周りの大事な人たちと接していたかと問われれば、そこまでの自信はありません。

先日、ワイドショー「グッディ」の中で俳優の高橋克実さんが、同じく俳優の西田敏行さんが理事長を務める日本俳優連合が、政府の要請を受けてイベントなどの中止を受け入れた結果として俳優たちが生活に困窮している、といった内容を含んだ要望書を提出したところ、世間で批判的な声が挙がっていることに触れていました。そこで高橋さんは、「どうしてもこういう生産性のない仕事は攻撃されるというか…。」といった趣旨の発言をしていました。
確かに現在のように買い占め等が頻繁に起こるような社会情勢の中、非常事態に近い状況において最も必要とされているのは、実際に医療現場で働いている方々、食材や衛生用品を作っている農林水産業・製造業に従事する方々、そしてそれを全国に流通させる物流業に従事する方々です。これは間違いないかと思います。
しかし皮肉なことですが、新型コロナウイルスの怖さを実感として伝えてくれたのは、首相でも知事でも国会議員でもなく、この有事に生産性がないと自虐的に語られた俳優業を含めた芸能界に身を置いていた、志村けんさんの死であったと思います。

(「後半」へ続く)

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