子どもを公立に入れるか私立に入れるか(前半)

表題の選択については、金銭的な事情でそもそも選択肢がないというご家庭がほとんどではないでしょうか。かく言う我が家もそうです(何せ、幼稚園から私立に通わせた場合、高校を卒業させるまでで既に一人あたり約1,800万円かかるそうですから〔下の文科省リンクを参照〕)。
金銭的な話題については、子どもの教育費について(前半)子どもの教育費について(後半)文科省(公財)生命保険文化センターで確認していただくとして、ここでは単純に教育論的な観点から触れてみたいと思います(大した教育観を持ち合わせている訳ではないですが)。

私自身一応中高の教員免許は持っているものの、教員として教壇に立ったことはないため、ここからの話は完全に私の経験則がベースです。もちろん、尾木ママのような教育学者その他の方々が講義するような教育学等をベースにしたものでもありません。

結論から言うと、私は子どもを公立に、少なくとも義務教育である小・中学校の間は、通わせるべきと考えています。
これには2つの理由があります。1つは受験に係るもの。1つは社会に出てからのことを見据えてのことです。
なお、私は私立の小・中学校に通ったことがないので、私立の内容については知り合いの話や私のイメージが大多数を占めています。

まず1つ目の「受験に係るもの」ですが、私は子どもに高校受験、大学受験をさせるべきと考えています。社会に出てからは良くも悪くも競争社会です(社会に出てからももちろん人と人とのつながりなので、そんなにぎすぎすしたものだとも思っていませんが)。中学から高校へ、高校から大学へ、節目節目で必死になって勉強し、場合によっては苦しい思いをするべきだと思っています。
もちろん、私立の内部進学が甘い訳はないとは思っていますが、用意されたレールが何もない状態で、学生のうちから戦ってみる経験を子どもにして欲しいのです。

2つ目の「社会に出てからのことを見据えてのこと」ですが、これが私が公立を推す最大の理由です。
公立だと色々な家庭環境や事情を抱えた子どもがいます。私立にまずいないだろうと思われる子どもの特徴は、生活保護レベルの貧しい子ども、極端に学習能力の低い子ども、異常行動を繰り返す子ども、といったところでしょうか。
こうしたことを踏まえて私の小・中学校時代のことを思い出すと、確かに色々な子がいました。子どもだったので他人の家の貧しさを感じとることはできませんでしたが、盗癖のあるクラスメイトを家に呼ぶ度に自分のおもちゃがなくなる、罪悪感なく嘘をつけるクラスメイトに騙される、授業に遅刻したクラスメイトが壁の水道管?を昇って窓から教室に入ってくる、対立する部活の生徒が相手の部活のボールを割る等々、今思い出してもなかなかすごい世界を生き抜いてきたなあと思っています。
しかし、私はこの経験があったからこそ今まで社会人として生き残ってこれたと思っています。社会に出れば、上司、同僚、部下はもちろん、仕事上の取引相手その他、様々な人間関係に組み込まれます。比較的穏やかだった大学時代とは比較にならない多角的な人間関係が構築される中、お行儀の良い人ばかりに当たる訳がないのです。理不尽な思い、不愉快な思いも当然します。
そうした混沌とした世界で生きていくために、私立の小・中学校という早い段階から振分けされた、ある意味純粋培養的な世界に身を置くことは、子どもの「人」に対する抵抗力を弱めてしまうのではないかと危惧しているのです。極端なことを言えば、公立小・中学校で生きていけない子どもは、社会でも生きていけない可能性が高いのではないかと思っています。

もちろん子どもに何かあった時には、当然親が積極的に手を出すべきとも思っています。例えば自分の子どもがいじめに遭ったならば、子どもに任せっぱなしにせず、親として学校や教育委員会を巻き込みながら解決策を探っていくべきだと思っています。
でもそうでないのなら、ある程度子どもの中の自己解決力を育てる、自己解決力を刺激する環境に身を置いてやるのも、親としての厳しさ、そして優しさだと思っています。

(「後半」へ続く)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。